古の楽園とオンパロス、エリシアについて語りたいオタクです。
語らせてください。
筆者は『崩壊3rd』を2025年9月ごろに第一部まで完走。
『崩壊:スターレイル』は最新ストーリーまでプレイ済。
この記事は『崩壊3rd』第一部(35章まで)、および『崩壊:スターレイル』最新ストーリー(主にオンパロス・Fateコラボ第二弾)のネタバレを含みます。
また、古の楽園があまりにも好きすぎる人間が書いているため、オンパロスの結末についても、当時感じた引っかかりを含めて率直に語っています
初めに
私は悲しい。
『崩壊3rd』第一部を完走した。
そして、オンパロスも最後まで見届けた。
そのとき私は期待していた。
きっとこれから、
「古の楽園とオンパロス、両方をプレイした人の比較感想」
とか、
「オンパロスを終えたあと、改めて古の楽園を振り返る動画」
とか。
そういうものが世の中に大量に溢れるんだろうな、と。
だって語りたいこと、めちゃくちゃあるじゃないですか。
古の楽園を知ったうえで見るオンパロス。
オンパロスを知ったあとで振り返る古の楽園。
十三英傑と黄金裔。
エリシアとキュレネ。
同じところもあれば、全然違うところもある。
みんなこの話するでしょ。
私はそう思っていた。
だから探した。
YouTubeを漁った。
Xを漁った。
個人ブログも漁った。
ない。
いや、もちろん感想そのものはある。
オンパロスをきっかけに『崩壊3rd』を始めた人もたくさんいた。
古の楽園を初めてプレイして、
「先輩艦長たち、ネタバレせずに見守ってくれてありがとう」
と感謝するポストと添えられた十三英傑との最後の別れのスチル。
そういうものは、Xを探せばたくさん出てくる。
私も感想に飢えすぎて、それらを食い入るように読み漁った。
分かる。
そこいいよね。
そうだよね。
エリシア、いいよね……。
でも。
もっと語ってくれよ。
私は読みたいんだよ。
古の楽園を終えたあと、何を思ったのか。
エリシアのどこが好きになったのか。
十三英傑との別れをどう受け止めたのか。
オンパロスまで終えた今、古の楽園を振り返って何を感じるのか。
長ければ長いほどいい。
私はそういう、一人のオタクが好きなものについて延々と語っている怪文書が読みたかった。
でも、いくら探しても、なかなか見つからなかった。
そして思った。
誰も書かないなら、自分で書く。
ということで、これは古の楽園に脳を焼かれてしまったおっさんが、今さら自分の中に溜まっているものを吐き出すための黒歴史ブログです。
古の楽園のこと。
十三英傑のこと。
オンパロスのこと。
そして何より、エリシアのこと。
好き勝手に語ります。
よろしくお願いします。
なんとなく始めた崩壊3rdに、ここまで脳を焼かれるとは思わなかった
そもそも私が『崩壊3rd』を始めた理由は、そんなに大層なものではなかった。
ピノコニー編のストーリーでプレイヤーへのメッセージが好きだったこと。
そして、Big Loveの花火ちゃん
が3rdに実装されたこと。
それくらいだった。
当時はスターレイルでオンパロスのPVが公開されて盛り上がっていて、
「ふーん、なんか元ネタがあるんだ」
「せっかく花火ちゃん来たし3rdも進めてみるか」
本当にその程度の軽いノリだった。
幸いにも大きなネタバレをほとんど踏まず、第一部を最後まで完走することができた。
そして、その結果。
古の楽園がずっと頭から離れなくなった。
終わってから何か月経っても、1年経っても、
ふとした瞬間にエリシアの言葉を思い出す。
たぶん私は、それくらい古の楽園に脳をやられている。
なので、この記事ではかなり古の楽園を持ち上げます。
先に言っておきます。
仕方ないんです。
好きなので。
エリシアの言葉が、心から離れない
私は古の楽園が好きだ。
そして何より、エリシアの言葉がずっと心から離れない。
仕事が大変なとき。
もう今日はしんどいな、と思ったときに、
「いいの、進みたくないときは、足を止めていいから。」
「ほら、あたしたちはずっとここにいる」
という言葉を思い出す。
ずっと見守ってくれているのだなと思うと、もう少しだけ頑張ろうと思える。

資格勉強をしていて、「今日はもういいかな」と投げ出しそうになったときは、
「進みなさいってば!」
という声が頭の中で聞こえてくる。
じゃあ、もう少しだけやるか、と思う。
もっと重いことを考えることもある。
ふとした瞬間に、
「いつか身近な人が亡くなったら、自分はどう感じるんだろう」
と考えてしまうことがある。
そんなときに思い出すのが、
「あなたが覚えている限り、この物語は消えない」
という言葉だ。
自分が覚えている限り、その人がそこにいたことは消えない。
一緒に過ごした時間も、もらった言葉も、完全にはなくならない。

そう思うと、少しだけ気持ちが楽になる。
ゲームはいろいろ遊んできた。
当然、心を動かされたストーリーもたくさんある。
でも、それらの多くは私の中では最後まで「作中劇」だった。
画面の中で登場人物たちが生きて、戦って、泣いて、物語を終える。
私はそれを外側から見届ける。
それが普通だった。
でも、古の楽園は少し違った。
特にエリシアは違った。
彼女は雷電芽衣に話しかけている。
けれど、ときどき、その言葉の向こう側にいる私たちプレイヤーにも話しかけているように感じる。
雷電芽衣という人物を通して、画面のこちら側にいる「あなた」にまで手を伸ばしてくる。
私はこの距離感がたまらなく好きだ。
エリシアは、最初から最後まで何も変わっていなかった
エリシアというキャラクターについて、もう一つものすごく好きなところがある。
この人、最初から最後まで言っていることがほとんど変わらない。
これが本当にすごい。
同じ言葉なのに、プレイヤーがどこまで物語を知っているかによって、受け取り方がまるで違う。
古の楽園のPVでエリシアの言葉を聞いたとき。
古の楽園へ初めて足を踏み入れたとき。
十三英傑について少しずつ知っていったとき。
そして最後に「あなたのためにある物語」まで辿り着いたとき。
エリシア自身は、ずっと同じことを言っている。
変わったのは、彼女ではない。
こちら側だ。
古の楽園に入りたてのころのエリシアは、正直めちゃくちゃ怪しかった。
何を考えているのか分からない。
距離感がおかしい。
やたらこちらに近い。
しかもケビンやメビウスからは「裏切り者」とまで呼ばれている。
明らかに、
「この女には何かあるぞ」
と思わせるように作られている。
もちろん、プレイヤーに疑念を抱かせるために意図的に盛っている部分もあると思う。
だからこそ面白い。
最後まで知ったあとに振り返ると、エリシアは別に嘘をついていなかった。
怪しげな言い回しも。
楽しそうな笑顔も。
人が好きだという言葉も。
十三英傑が好きだという言葉も。
全てを愛しているという言葉も。
全部、本心だった。
何かを企んでいるように見えたのは、こちらが勝手に疑っていただけだった。
秘密はあった。
語っていないこともあった。
でも、彼女が口にした言葉そのものには、最初から最後まで嘘がない。
この描き方が、本当によくできていると思う。
そして、最後まで物語を知ったあとで、エリシアの言葉をもう一度聞く。
すると、それまで何気なく聞いていた言葉の一つひとつに、急にものすごい重さが乗る。
エリシアは古の楽園について、こう語る。
「古の楽園はただ十三英傑が生きていた時代を記録しているだけ。そんな単純な物語。」
そうだよね。
本当に、そうだったよ。
十三人の英雄が世界を救う壮大な物語――だけじゃなかった。
十三人の「人」が、生きていた物語だった。
誰かを好きになって。
誰かと喧嘩して。
誰かを理解できなくて。
それでも同じ時代を生きた人々の物語だった。
私たちはその記録の中に入って、彼らと話して、彼らを知って、少しずつ親しくなった。
そして最後に別れた。
そう。
言ってしまえば、本当にそれだけの単純な物語だ。
でも、その「それだけ」の間に、
あまりにもたくさんの想いが積み重なってしまった。
だから、最後にはもう単純な物語ではいられなくなった。
たぶん、古の楽園ってそういう場所だったのだと思う。
芽衣の声がないことが、古の楽園では特別な体験になった
古の楽園3章および29章から31章では、雷電芽衣のボイスが収録されていない。
声優さんの事情なのか、制作上の都合なのか。
理由はいろいろあったのだと思う。
普通なら、ボイスがないことはマイナスになってもおかしくない。
でも古の楽園では、結果としてそれが妙な没入感を生んでいたように思う。
エリシアが芽衣に問いかける。
芽衣は言葉を返す。
けれど、こちらにはその声が聞こえない。
その瞬間だけ、芽衣とプレイヤーとの境界が少し薄くなる。
エリシアが話しかけている相手が、雷電芽衣でありながら、同時に自分でもあるような感覚になる。
偶然生まれたものなのかもしれない。
でも私は、この体験を含めて古の楽園が好きだ。
「英雄」の話だと思っていたら、「人々」の話だった
古の楽園に入ったばかりのころ、火を追う十三英傑は「前文明の英雄」だった。
五万年前。
崩壊と戦った十三人の英雄。
とんでもない人物たちが集まっている場所なのだと思っていた。
実際、とんでもない英雄ばかりだった。
でも、交流を重ねるほどに印象が変わっていった。
彼らは英雄である前に、一人ひとり普通に悩み、迷い、誰かを好きになり、誰かを嫌い、くだらないことで笑う人間だった。
ケビンも。
華も。
千劫も。
メビウスも。
フェリスも。
そしてエリシアも。
「歴史に名を残した十三人の英雄」ではなく、「たまたま崩壊という時代に生きることになった十三人の人間」だった。
だから私は、エリシアが最後に語る言葉が大好きだ。
「これは英傑と呼ばれた人々の話」「13人の火追者が経験した未完の旅」
人々。
英雄ではなく、人々。
この一語が本当に好きだ。
私たちは古の楽園で、彼らの英雄譚だけを見てきたわけではない。
十三人と話して、笑って、秘密を知って、嫌なところも見て、それでも最後には彼らを好きになった。
だから最後の別れも、
「歴史上の英雄との別れ」
ではない。
ずっと交流してきた友人たちとの、今生の別れになる。
そのうえで彼らは侵蝕の律者との戦いで、最後にもう一度、英雄になる。
この構造が本当に美しい。
「いやだ」を選び続けた
だから、最後の別れはつらかった。
もう終わることは分かっている。
彼らは記憶体だ。
本物の十三英傑は五万年前に亡くなっている。
古の楽園そのものも消えようとしている。
理屈では全部分かっている。
それでも。
選択肢が出るたびに、私は「いやだ」を選んだ。
行きたくない。
終わってほしくない。
まだここにいたい。
そんな選択肢を何度も選んだ。
ただのゲームのキャラクターだ。
しかも彼らのほとんどは、物語が始まる遥か昔に亡くなっている。
そんなことは分かっている。
でも、ここまで一緒に過ごしてしまった。
彼らの過去を知った。
好きなものを知った。
嫌いなものを知った。
強さも弱さも知った。
だから、最後のジェットコースターでのやり取りに全部詰まっているように感じた。
「芽衣があたしたちを覚えてくれる限り、この物語は消えない。」

本当に、そうなのだと思う。
もちろん私は芽衣ではない。
でも私もこの物語を覚えている。
そして、誰かに話すこともできる。
「古の楽園という、すごく好きな物語があってさ」
と。
もしかしたら、この記事を読んだ誰かが共感してくれるかもしれない。
「分かる、自分も好きだ」と言ってくれるかもしれない。
あるいは、まだ3rdを遊んでいない誰かが、
「そこまで言うなら、ちょっとやってみようかな」
と思ってくれるかもしれない。
そうやって一人でもこの物語を知る人が増えるなら。
この怪文書を書いた甲斐だって、きっとある。
そして、もしこれから先。
自分が本当につらくなったとき。
寂しくなったとき。
何かを失ったとき。
私はきっと、またあの言葉を思い出す。
「ほら……あたしたちはずっとここにいる」
現実にはいない。
画面の向こうにも、もういない。
古の楽園は消えてしまった。
それでも、自分の中にはいる。
覚えている限り、ここにいる。
古の楽園の終わり方が、あまりにも好みすぎた
そして何より、私は古の楽園の終わり方が好きだ。
エリシアたちは、自分たちの時代がもう終わっていることを知っている。
本物の十三英傑は五万年前に死んでいる。
楽園にいる彼らも記憶体にすぎない。
そして最後には、その記憶体すら消える。
未来に復活するわけでもない。
現文明へ転生するわけでもない。
奇跡が起きて助かるわけでもない。
エリシアは、自分の願いが五万年後の世界できちんと実を結んだことを知る。
人の心を持つ律者が生まれた。
人と律者が共に生きる未来が生まれた。
そしてそれを確認したうえで、すべてを芽衣に託して消えていく。
想いだけを未来へ渡して、自分自身は過去に残る。
この終わり方が、私はものすごく好きだ。
綺麗すぎる。
だからオンパロスを最後まで見たとき、正直に言うと少しモヤモヤした。
「いやー、古の楽園の方が美しくないか?」
オンパロスでは、キュレネだけが過去に残る。
そして黄金裔たちは、いつかスターレイルの銀河に芽生える可能性を残して物語を終える。
未来を残す終わり方だ。
理屈では分かる。
綺麗な終わり方だとも思う。
でも。
いやー、古の楽園の方が美しくないか?
と、当時の私は思ってしまった。
キュレネ――モモは、一人であまりにも長く、つらい永劫回帰を繰り返す。
鉄墓を銀河に生まれさせないために。
受け取った愛を次へ渡すために。
でも、結局あの子だけが取り残される。
そこがどうしても引っかかった。
もっと直接、開拓者と言葉を交わしてほしかった。
精神世界でもなんでもいい。
「私はここに残る。でも、あなたは未来へ進んで」
そう言って、何かひとつ形見を渡してくれたっていい。
指輪でもなんでもいい。
「これをあたしだと思って持っていってね」
くらいやってくれてもよかったじゃないか。
キュレネとヘルタのやり取りも抽象的だった。
その後の「果を生み出して因を」の演出も難しかった。
わっかりづらいよ!!
ストーリー解説を読んで、
「ああ、そういうことだったのね」
となった人間なので、ここはいまだにちょっと言いたい。
でも最近、オンパロスの終わり方も好きになってきた
そんな私だったけれど、時間が経って少し考えが変わってきた。
古の楽園は、美しく終わった。
だからこそ、本当に終わってしまった。
十三英傑もエリシアも、現代の時間軸で再び活動することは基本的にはない。
出せるとしても、黄金の庭園のような別世界やギャグ時空になる。
あの物語は完璧に閉じたからこそ美しい。
一方でオンパロスは、完全には閉じなかった。
黄金裔たちは「いつか銀河に芽生えるかもしれない」という可能性を残した。
そして私は最近、その余白も悪くないと思うようになった。
その気持ちを決定的に変えてくれたのが、Fateコラボだった。
ああ、この終わり方だからできることがあるんだ
Fateコラボでキャストリスとファイノンが登場し、今を生きるスターレイルのキャラクターやFate側のキャラクターと交流している。
これを見て、
「ああ、オンパロスはこれができるのか」
と思った。
古の楽園の英傑が現代のキャラクターと普通に会話していたら、やっぱりどこかおかしい。
彼らはもう終わった人々だからだ。
でも黄金裔は違う。
オンパロスの物語は開拓者によって全銀河へ届けられた。
「これから銀河のどこかに生まれるかもしれない」という可能性を持って終わった。
だから、未来の物語を描ける。
特にキャストリスの話がよかった。
オンパロスでは、彼女は「奪う」ことしかできない存在だった。
触れること。
近づくこと。
誰かと普通に生きること。
それすら簡単には許されなかった。
そんなキャストリスが、スターレイル世界に迷い込んできた遠坂凛を助ける。

奪う側だった人が、誰かを救う側になる。
それだけのことなのだけれど、私はものすごく心を動かされた。
オンパロスという物語の中ですべてのしがらみから解放されたキャストリスが、
「奪うだけではなく、与えられる人になった」
ように見えたからだ。
こういう未来が描けるのなら。
オンパロスの、少し開いたままの終わり方も悪くない。
むしろ、この終わり方だからこそ描けるものがあるのだと思えるようになった。
古の楽園とオンパロスは、未来への渡し方が違った
古の楽園が好きだ。
これはたぶん、これからも変わらない。
特に、
すべての想いを未来へ託して、自分自身は消えていく
という終わり方が、私の好みにあまりにも刺さってしまった。
だから最初は、オンパロスの終わり方をうまく受け止められなかった。
一人がつらい役目を背負い続ける。
物語は完全には終わらない。
そして「いつか新しく生まれるかもしれない」という可能性を残して終わる。
どこか中途半端に感じていた。
でも、時間が経って。
物語を咀嚼して。
そしてFateコラボまで見て。
ようやく少し分かった気がする。
古の楽園は、
過去から未来へ想いを託す物語だった。
オンパロスは、
受け取った愛を、何度でも次の誰かへ渡していく物語だった。
キュレネが語る「愛」も、最初は少し唐突に感じていた。
でも今なら、あの永劫回帰は、モモが受け取った愛を次のデミウルゴスへ渡し続ける行為だったのだと思える。
そこに救いがあるのか、と聞かれると、簡単には答えられない。
一人だけが過去に残り続けることを、美しいの一言で片づける気にもなれない。
それでも。
受け取ったものを、次の誰かに渡す。
その繰り返しの果てに、いつか未来が生まれる。
そう考えると、これはこれで綺麗な終わり方だったのだと思う。
おわりに
それでも私は古の楽園が大好きだ。
たぶん、私にとってエリシアたちはもう、
「昔プレイしたゲームの好きなキャラクター」
だけではない。
つらいときに思い出す言葉がある。
もう少し頑張ろうと思わせてくれる言葉がある。
ゲームの物語は終わる。
古の楽園も消えた。
エリシアたちも、もういない。
でも。
私が覚えている限り、この物語は消えない。
そして、覚えているだけじゃなくて。
こうして誰かに話すこともできる。
好きだったと書き残すこともできる。
誰かがそれを読んで、また別の誰かに話してくれるかもしれない。
たぶん、物語が残るというのは、そういうことなのだと思う。
最後に「ずっとここにいる」なんて言われてしまったら。
忘れられるわけがない。





















































































































